明治時代の国語、漢字事情
先にありますように明治に入ってから西洋の進んだ文化を輸入するために多くの新漢語が作られました。
その一方で言語は、日本が西洋から学ぶべきことの大事な一つであるとともに、西洋文化を学習するための
手段でもあったため日本語の改良、変革が提起されました。
すでに明治以前では幕末に、前島密(近代郵便制度の創設者)が漢字御廃止之議を将軍徳川慶喜将軍に建言しました。
前島は西洋の列強の実力を目にし、国の振興を図るために、教育に時間がかかる漢字を廃止して、かなを
用いて国語教育の早急な改革の必要をときました。
明治時代になってからは言語改革論が盛んに唱えられました。
独自の文字(新国字)によろうとするものなどの意見もありましたが、その主張は大きく二つに分けられ、いずれも
漢字を廃止しようという動きでした。
英語を国語に
一つは日本語を捨て、英語を日本の国語にしようというものでした。
森有礼(初代の文部大臣)や高田早苗(早稲田大学総長、文部大臣)などが英語の国語化を提唱しました。
英語の国語化と聞くと、とんでもないことに思えますが、これを唱えた人たちは明治時代の始まる前後に
英語教育を受けていて、日本語よりも英語に強い人たちでした。
たとえば、大隈重信、副島種臣、江藤新平、大木喬任、伊藤博文、大久保利通、加藤弘之らは長崎英語伝習所の後身である
済美館と佐賀藩が長崎に設けた致遠館でオランダ系アメリカ人のフルベッキ(オランダ語、英語、仏語、独語に精通していた)
に英語などを教わっていました。
森有礼は1865年(18歳)にイギリスに留学し、その後アメリカにも留学し明治維新後に帰国しました。
また高田早苗は官立の東京英語学校(のちの一高)を出ています。
国語教育はまだまだ整備されてなく、文章を書くにしても漢文調の文体ではこみいった表現が出来ないことも理由の一つ
だったと思われます。今のような口語体の文章はまだありませんでした。
音標文字(表音文字)を
漢字を廃して音標文字(表音文字)のローマ字、平かな、カタカナを採用しよう。
もう一つは音標文字(表音文字)の採用の主張でした。
西洋言語と日本語の大きな違いは、西洋では表音文字を用いているのに対して日本では表語文字の漢字を用いていることです。
進んだ文化を持つ西洋言語は表音文字を用いているから,日本も表音文字を採用して、進んだ言語を使わねばならないと
主張しました。
表音文字とは音のみを表し、意味を持たない文字のことで、アルファベットも表音文字です。
犬を表すdogは、d,o,gの各文字は何の意味ももたず、dogと並べることで犬という動物を表します。
日本語のかな「いぬ」「イヌ」も同じ表音文字です。
表音文字に対して漢字は表語文字です。
表語文字とは一つ一つの文字で言語の一つ一つの語や形態素(言語の列の中で意味を持つ最小単位)を表す文字体系のことです。
漢字は、1音節が1形態素となる1文字ずつで表記するので、体系的な表語文字の代表的なものです。
「犬」という文字は犬という言葉をあらわしています。
表音文字を採用するということは、表語文字である漢字を捨てることですので、漢字廃止論です。
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