漢字の伝来と日本語への取り込みの歴史1
漢字の伝来とかなの発生から訓読み、国字までの歴史を調べてみると、文字をもたない日本人が
いかに柔軟に漢字を取り込んでいったのかがわかります。
漢字と漢文の伝来は西暦285年、応神天皇の御代16年に百済の王仁(ワニ)によって「論語」と「千字文」
が伝えられた。そのように「古事記」には書名が、「日本書紀」には年代が記されています。
しかし、千字文はもっと後の西暦500年ころのものなのでこれらの記載は事実ではなく、言い伝えです。
漢字の伝来
漢字は中国で生まれた文字です。
もともと日本には文字はありませんでした。
縄文土器や弥生時代の銅鐸には簡単な絵や記号、紋章のようなものが描かれていました。
しかし絵や記号、紋章をいくつ並べても文章にはなりません。
文字はそれだけで文章を書き表せられます。
漢字は2000年ほど前に日本へ伝えられたことが、九州で漢字を記した文物が発見されてわかりました。
佐賀県の「吉野ヶ里遺跡」は弥生時代の大規模遺跡で、紀元前1世紀(弥生時代中期後半)の甕棺墓(カメ
カンボ)から小さな銅鏡(直径7.4センチ)が発見されました。
専門用語で「連弧文銘帯鏡(レンコモンメイタイキョウ)」、「内行花文鏡(ナイコウカモンキョウ)」と
呼ばれる、中国の前漢時代の様式の鏡です。
の鏡には「久不相見、長母相忘」(久しく相見ざるも、長く相忘るることなからん)と鋳込まれて
いました。
ただ、これが発見されたからといっても、その鏡の所有者が漢字を読んだり、書けたりしたとは
限りません。
「古事記」や「日本書紀」によると、応神天皇(第15代天皇、在位270−310年とされる)の時代
に漢字が伝わったされています。
しかし奈良時代より前の古墳で、被葬者の名前などを明記した墓碑や墓誌は見つかっていません。
エジプトでは遺跡に墓銘碑や墓誌があったり、埋葬品に名前が記されるなどで埋葬者が特定できました。
漢字の使い始め
実際に日本人が日本語の表記にも使用し始めたのは6世紀に入ってからです。
日本人が自国の歴史を文字(漢字)で書いた最初の本は、聖徳太子と蘇我馬子が620年に編纂した「天皇記」
と「国記」です。
残念ですがこの2冊とも現存していませんので詳細は不明です。
その後には漢字を日本語の音を表記するために利用した万葉仮名が作られ、やがて、漢字の草書体を元に
平安時代初期に平仮名が、漢字の一部を元に片仮名がつくられたとされています。
漢字という初めて見る文字体系を前に、古代日本人が直面していた危機は、文字に書けない日本語とともに
自分たちの「言霊」(コトダマ)を失うかも知れない、という恐れでした。
八百万(ヤオヨロズ)の神を信じる大和民族は、言葉にも「言霊」という霊力があると考えていました。
「事」と「言」を区別しないで「コト」の一語で表しました。
>「死ぬ」という不吉な「言」を口にすると、本当に「死ぬ」という「事」が起きる。
このように考える大和民族にとって死んだ人の名前や言葉を記録できる漢字に恐れをいだいたことでしょう。
私たちの祖先はなんとか日本語の「言霊」を生かしたまま、漢字で書き表そうと苦闘を続けました。
そのための最初の工夫が、漢字の音のみをとって、意味を無視してしまうという知恵でした。
英語の例で言えば、mountainを「末宇无天无」と表記する。「末」の意味は無視してしまい、
「マ」という日本語の一音を表すためにのみ使う。
万葉集の歌は、このような万葉がなによって音を中心に表記されました。
さらにどうせ表音文字として使うなら、綴りは少ない方が効率的だし、漢字の形を崩してしまえば
その意味は抹殺できる。
そこで「末」の漢字の上の方をとって「マ」というカタカナが作られ、また「末」全体を略して、
「ま」というひらがなが作られました。
他の漢字輸入国
日本と同様に朝鮮や19世紀までのベトナムなどでは、古代中国から漢字を輸入して使用しました。
現在、漢字は、中国・台湾・日本・韓国・シンガポールなどで、文字表記のための手段として用いられています。
しかし近年の各国政府の政策で、漢字を簡略化したり使用の制限などを行なったりされています。
日本では仮名(かな)、韓国ではハングルなど漢字以外の文字との併用されていますが、韓国では、現在は漢字は
ほとんど用いられなくなっています。
北朝鮮、ベトナムではまったく使われていません。
しかし、漢字は使わなくなっても漢字とともに流入した語彙(ごい)が各言語の語種として大きな割合を占めて
います。
日本独自の展開
朝鮮語などでは漢字が漢語にしか使われないのに対し、日本語では漢語に限らず和語にも使われ、外来語を
除いてほとんどの語に使うことができます。
煙草(タバコ)や合羽(カッパ)など古くに入った外来語には、本来の語源に漢字がないにもかかわらず当て字で
漢字が使われています。
日本語の一般的な表記法は漢字かな交じり文であり、漢字とひらがなを交えて表記します。
漢字は実質的な意味を表す語に使われ、ひらがなは主に活用語尾(いわゆる助動詞を含む)や助詞に使われます。
訓読み
日本においては、ひとつの漢字には多くの異なる発音があることが多くあります。また、ある発音を持つ漢字が
多数あることも珍しくありません。
読み方は「音読み」と「訓読み」の2種類に大別されます。
音読みは、中国語起源の読み方であり、呉音・漢音・唐音・慣用音があります。
訓読みは、個々の漢字が表す意味をすでに存在していた日本語と関連づけることであり、日本語の表記にも用いた。
この際の漢字の読み方が、現在の訓読みの起源となっている。
漢字は外国語であり日本語の語彙と一つ一つ対応することができないため、一つの漢字に多くの字訓が作られましたが、
やがて漢文を訓読で素読する習慣と相まって、日本語の一語では説明できない微妙な意味合いは切り捨て、一つの
漢字にできるだけ一つの訳語をつけるという一字一訓に固定化するようになりました。
これによって日本では漢字に訓読みが生まれ、和漢混淆文を成立させるなど、漢字によって日本語を表記する技術
を発展させていった。
日本語では漢字の読みが複数あるが、さらに複雑なことに違った種類の読みが混用されることがあります。
音読みだけが使われるだけでも呉音と漢音が交えて使われることも多い。
また、音読みと訓読みが混用されることがあり、音読み+訓読みであるものを重箱読み、訓読み+音読みである
ものを湯桶読みといいます。
場合によっては、漢字のみからなるある特定の語に2通りの読み方がある場合がある。例えば「仮名」という語には、
仮の名前を意味する「カメイ」という読みと、ひらがなとかたかなを総称する文字の分類語である「カナ」という読み
とがあります。
国字
日本で作られた漢字を国字と言う。国字には峠(とうげ)・畑(はたけ)・辻(つじ)などが挙げられます。 主として音読みが無いのが特徴である。ただし働(ドウ)・腺(セン)・搾(サク)のように音読みを持つ少数の例外もあります。 また中国語に取り入れられた「逆輸出国字」も少数ながら存在する(腺はその例)。
次ページでは江戸時代から明治の漢字・漢文事情について調べてみます。
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